マスクや帽子・伊達メガネがないと落ち着かないのは「体験の回避」(その1)

マスク 帽子 伊達メガネ

人目が気になる人にとって、お手軽で強い味方がマスク・帽子・(伊達)メガネの3点セットです。人によっては帽子だけ、マスクだけというケースもあるかとは思いますが、いずれにせよ心が苦しい時の即効薬として使っておられる方も多いのではないでしょうか。

この即効薬はワンポイントで今日だけ・この時間だけ、という使い方が出来れば日常生活を助けてくれる有益な道具になります。しかし、その安心感から「外出中はずっとつけていないと落ち着かない」「夏場でもマスクが手放せない」など、どんどんその使用シーンが拡大し続けてしまうことがあります。

これは「体験の回避」と呼ばれる状態で、素顔を晒していることで生じる(可能性のある)不安や苦痛を避けることを指します。不安や苦痛を避けるなんて当たり前ではないかと思われるかもしれませんが、身体の外部にあるもの(外界)と心の中にあるもの(内面)では、回避による効果が著しく異なります。特に内面に生まれた不安や苦痛は、取り除こうとすればするほど余計に大きな問題を引き起こします。

では、外界(たとえば猛獣や毒ヘビ、悪意のある人物など身体の外にあって危害を加える可能性のあるもの)と内面(心の中に生まれるソワソワする気持ち、居てもたってもいられない気持ち)において、不安や苦痛を避けることがどう違った作用をもたらすのでしょうか。

まず外界においては、不安や苦痛を避ける(多くの場合はその場から立ち去る)ことは良い結果をもたらすと期待できます。実際に危害を加えてくると予測できるモノに不安や苦痛を感じるのは、生存を脅かされるというサインであるからです。そのサインに従って行動することは、自分の命を守ることに繋がります。ですが、文明化された都市に住む我々にとって、このケースはあまり遭遇することは無いでしょう。

一方で、内面についてはどうでしょうか。人目が気になる我々が直面している不安や苦痛というのは、「人目」や「他人の視線・しぐさ・言動」といった一見外界にあるもののように感じます。それがどうして内面の問題なのでしょうか。

それは、我々が回避しようとしているものが「人目」や「他人の視線・しぐさ・言動」そのものというよりも、それに接した際に自分の心に生まれる「ソワソワ感」「ズキズキ感」「ずっしり感」「私は変」「私は不快」のような居ても立っても居られない感情・思考であるからです。内面に対して不安や苦痛を避けるということは、そういった感情・思考を無理矢理押さえつけることになります。

「感じていることを感じなくする」「考えていることを考えなくする」のは非常に困難で、ほとんど不可能です。右手で左手を触りながら、左手で右手を感じること or 左手で右手を感じなくすること、どちらが大変な努力がいるか明らかですよね。アルコールや薬物依存は「感じていることを感じなくする」「考えていることを考えなくする」という無理を通すために陥ってしまう問題ともいえます。

それではこの内面の回避が余計に大きな問題を引き起こすとはどういうことか、また、体験の回避が悪手だとすればどう対処すればいいのでしょうか。これらについて、「マスクや帽子・伊達メガネがないと落ち着かないのは「体験の回避」(その2)」に続きます。