マスクや帽子・伊達メガネがないと落ち着かないのは「体験の回避」(その2)

前回(その1)の記事の続きです。
マスクや帽子・伊達メガネがないと落ち着かないのは「体験の回避」(その1)

前回のおさらい

  • マスクや帽子は今日だけ、この時間だけなどワンポイントで使う分にはとても有効。
  • 「外出中はずっとつけていないと落ち着かない」「夏場でもマスクが手放せない」など使用シーンが拡大しすぎてしまうと「体験の回避」に陥っている可能性がある。
  • 「体験の回避」は実際に危害を加えてくる外界の危険には有効だが、自分の心に生まれる不安感や焦燥感といった内面には逆効果。回避しようとすると問題を引き起こす可能性が高い。
  • 感じていることを無理に感じなくする、考えていることを無理に考えなくすることは不可能に近い。

その2である今回は、体験の回避が引き起こす余計に大きな問題とはなにか、また、体験の回避に頼らずどう対処すればいいのかについて記していきます。

内面で「体験の回避」が引き起こす余計に大きな問題とは

人目が気になる私たちは、素顔を晒していることによって、他人の仕草や言動が気になってしまいます。「変に思われていないだろうか」「不快にさせていないだろうか」「笑われてはいないだろうか」「ソワソワした気持ち」「いてもたってもいられないような気持ち」が怒涛のように押し寄せてくることもあります。これを「~がある苦痛」と言います。感情や思考という”あるもの”に苦しめられているわけです。

一方で「~がない苦痛」というものがあります。実は、これこそが「体験の回避」が引き起こす余計に大きな問題です。マスクを例にあげてみます。私たちがマスクで「~がある苦痛」を回避したとします。これにより怒涛のように押し寄せてくる感情や思考に悩まされることはひとまずありません。快適な日常生活と自分の人生が始まったかのように思えます。

しかし厄介なことが起き始めます。マスクを外すタイミングを見失ってしまうのです。ご飯を食べるとき、お水を飲むとき、マスクを外す必要がありますが当然人目が気になります。ここで躊躇なく外すことができれば問題がないのですが、マスクのある状態に慣れていくと次第に怖くなっていきます。

同時に、人間関係にも少しずつヒビが入り始めます。マスクは口元が見えないため相手の感情を読み取りにくく、心の距離を感じさせるアイテムでもあります。そのため、常にマスクをしている相手とは心を開いて親しく話すというのが心理的に難しく、会話の数が減ってきてしまいます。

このように、飲食が自由にできない・会話の数が少ないなど、社会生活を送るうえで大切なことがないという苦痛がどんどん増えてきます。当初の悩みは「~がある苦痛」ひとつだけだったのに、それを回避することでドンドン延焼していってしまうのです。

では「体験の回避」をせず不安な気持ちや苦痛にどう対処すればいいのか

「体験の回避」が余計に問題を大きくするのであれば、人目が気になることにどう向き合えばいいのでしょうか。その方法は「~がある苦痛」と”共に”行動をすることです。

”共に”という感覚はとても重要で、このブログを通底するキーワードにもなっています。ここまで見てきたように、不安な感情や思考は芽生えてしまったら押さえつけることはできません。またそもそも芽生えないようにと回避することでも上手くいきません。(余計に問題を大きくします)

不安な感情や思考が心の中にあっても、無理に消そうとせず、逃げようとせず、また嫌いにならず、その気持ちを優しく持ったまま自分の行動を続ける、これこそ不安や苦痛に向き合う適切な方法です。

これは、そうしているうちに不安や苦痛が減ることを期待するのではありません。不安や苦痛が減らなくても、その気持ちと”共に”行動できた経験を積み重ねることで「出来ること」が増えていきます。「~がない苦痛」でできないことが増えていくプロセスと真逆ですね。

はじめは1日5分、1分、10秒でも構いません。人目が気になって億劫だけれど、自分のやりたいことをしてみてください。もしかしたら不安通り嫌な気持ちになることがあるかもしれません。心の苦痛が生まれるかもしれません。それでも事前に決めた時間だけ、その心と”共に”やり遂げてみてください。

細かい留意点などは今後少しずつ書いていきたいと思います。自分の歩きたい方向に、不安な気持ちと”共に”歩き出しましょう。